ブックタイトルMiyan 2014年3月号(ルックル)

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概要

Miyan 2014年3月号(ルックル)

杜 氏 安田 宣久 さん(一九五一年生)鹿児島県霧島市国分  国分酒造協業組合 霧島市国分川原にある国分酒造協業組合の杜氏 安田宣久さん。「いも麹を使用した、いも100%のいも焼酎を作ること」への挑戦から「いも麹 芋」「蔓無源氏」「安田」誕生までの苦労についてたずねてみました。「リスク覚悟で始動…   突き動かしたのは 熱意」「いも麹で芋焼酎を造ってほしい」。平成9年に何度も足を運ぶ地元の酒屋さんに「熊本の米焼酎は米麹、大分の麦焼酎は麦麹、鹿児島の芋焼酎は米麹でできている。いも焼酎なのに芋麹ではできないのか?」と尋ねられました。米に比べて水分の多い芋ではもろみの腐敗率が高くなり、当然アルコールは出にくくなる。蒸留どころがタンクもろとも使えなくなり、その年の仕込みはストップしてしまう、リスクの高さに一度は躊躇したものの、新しい焼酎への挑戦を決意し、芋麹で造る焼酎製造に取りかかりました。手探り状態の中スタートした1年目。予想通り、水分の多い芋からアルコールを出すことは容易なことではありませんでした。「明日、アルコールが蒸留できるレベルに達しなければ、もろみを捨てよう」そう杜氏安田氏が告げた翌日、想いは届くものです。蒸留できるまでのアルコールが…、この時日本で初めての芋100%の焼酎「いも麹 芋」造りに成功。その時できた焼酎の量は、わずかに5石(一升瓶500本分)でした。「杜氏の探究心が実を結ぶ…2年目の仕込み焼酎への想い・探究心の強い杜氏安田氏は、初年度の結果をもとに研究を重ねました。もろみを腐敗させないように慎重に仕込みを行った結果、順調にアルコールが出て一升瓶で3000本程の販売となりました。この年の「いも麹 芋」はキレの良さを残した、辛口タイプに仕上がりました。「確信は自信へ変わり  全国展開に踏み出した3年目」3年目に仕込んだ「いも麹 芋」の初留の味を、今でも覚えています。キレと飲みやすさに加え、味わい深くなりました。「これならいける」確信した瞬間です。平成11年12月3日(大安)、全国販売開始。各地の酒屋さんを一軒一軒訪ね歩き、「いも麹 芋」を理解してくださる酒屋さんに、「いも麹 芋」の販売を託しました。結果、年間予約注文で15000本は全て完売。大正の一滴「蔓無源氏」誕生までの軌跡…   始まりは、10本の苗国分酒造には、大正時代の製法を復元した焼酎「大正の一滴」という焼酎があります。きっかけはこの焼酎、製法復元を成した杜氏安田氏は原材料にまで夢を抱き、出逢ったのが「蔓無源氏」。明治時代に発見され、今ではほとんど栽培されていないため、品種保存のために鹿児島県農業試験場で栽培されていたこの芋の苗を、10本だけ分けてもらい、農家谷山秀時氏と共に芋を育てる事から始めました。折しも世間は焼酎ブームの真っ只中。平成15年夏のこと。麹の力を信じ、じっくりと醸す3年がかりで谷山氏が芋を育て、17年11月に初めて仕込みの時を迎えました。より芋の旨さを引き出す焼酎を造るために、杜氏安田氏は「しっかりとした米麹を造ること」にこだわり、泡盛を参考にしました。そこで、黒麹での培養時間を延ばし、2次もろみの発酵日数も20日間(通常の2倍)程度まで引き延ばしました。常識や効率にとらわれず挑戦する、それが杜氏安田氏のスタイル。そうしてじっくり醸し、完成したのが芋焼酎「蔓無源氏」。蔓無源氏の響き、それは際立つ甘い香り芋が持つピュアな甘い香りを、封を切った瞬間に感じていただけるはず。たおやかな味わいが、飲む人を心地よく酔わせる。そんな焼酎になりました。信頼関係を築いた酒屋でしか販売しません。我が子へ愛を注ぐ親のように焼酎を造る。「蔓無源氏」はそんな想いの詰まった酒蔵で誕生した焼酎です。杜氏人生20年の集大成「安 田」国分酒造の杜氏・安田宣久が、杜氏人生20年の集大成として、平成24年に仕込みました。独自の芋100%の手法で、百年昔の芋「蔓無源氏」を使って仕込んだ焼酎が「安田」です。原料・仕込み方法ともに、他にはない唯一無二の芋焼酎です。酒藏を訪ねて…36